(画像=Monkey Business Images/shutterstock.com)

なぜ高齢者の年金が無くなると私たちが困るのか

30代のための年金とお金のことがすごくよくわかって不安がなくなる本(2)

この記事は佐藤麻衣子氏の著書『30代のための年金とお金のことがすごくよくわかって不安がなくなる本』(日本実業出版社)の内容を抜粋したものになります。

【『30代のための年金とお金のことがすごくよくわかって不安がなくなる本』シリーズ】
(1)30代は本当に年金がもらえないのか?その不安を分かりやすく解決しよう
(2)なぜ高齢者の年金が無くなると私たちが困るのか

いまの高齢者の年金がなくなったら困るのは現役世代

公的年金の世代間格差について、インターネットで検索すると「高齢者は年金をもらいすぎ」とか「保険料が高すぎる。自分の生活もギリギリなのに……」といった意見が出てきます。

そして「この保険料を自分で積み立てほうが得だと思う」という意見もよく出てきます。

でも、本当にそうでしょうか?

年金制度における、お金だけでは測れないメリットの一つとして「私的扶養の社会化」があります。

あまり聞き慣れない言葉ですが、「私的扶養の社会化」とはどういうことでしょうか。

年金がないころは、「自分の親の老後は子供が面倒をみる」のが当然とされていました。これが私的扶養です。

年金制度によって、この私的扶養の割合を減らして、その時期の現役層全体が、その時期の高齢者全体の面倒をみるしくみにシフトさせてきました。

社会全体で高齢者を支えるしくみにすることで、兄弟の数など家族構成にかかわらず老後の生活を安定したものにしたり、住むところが離れていても親の生活を支えたり、子供がいない場合も老後の生活を支えてもらったりすることができるようになりました。

もし年金がなくなったら、老後の自分の親の生活を実の子供が支えることになります。

私たちからすると、親がきちんと老後資金を貯めておいてくれればよいのですが、そうでなければ大変です。

いまでも、親に仕送りをしたり、介護をしたりという形で家族間の助け合いはありますが、年金がないとなると、その助け合いにかかる負担はいま以上に重くなります。

つまり、親の状況次第で子供の人生が大きく変わってしまうことになるのです。

年金制度は、この私的扶養の一部を社会全体で行なう役割を担っています。

こう考えると、保険料を払うことによって、親の老後の面倒をすべて担うのにかかる費用や責任を軽くすることができているほか、家庭の事情によって格差が生じるリスクを分散でき、さらには適切な親子関係を維持するのに役立っていることに気づきます。

これらは、自分でお金を積み立てることでは得られないメリットです。

「保険機能」があるからこその「無意識の安心や信頼」年金制度に関して、払い損とはいえない、むしろ払っていることによって大きな得をしているといえる、もう一つ大切な視点が「保険機能(社会保険)」を持っていることです。

老後に長生きをすること、障害を持って生きていくこと、大切な人を亡くすことには、ほとんどの人が不安を感じるはずです。

公的年金には、ここまでに説明してきた長生きのリスクに備える「老齢年金」だけでなく、一定の障害状態になった場合に受給できる「障害年金」や、年金に加入していた家族が亡くなってしまった場合に受給できる「遺族年金」も含まれています。

ほとんどの人が不安を感じる、予測できない大きなリスクに対する保障を国で行なってくれているのです。

読者のなかにも、民間の死亡保険、個人年金保険などに加入している方がいるでしょう。

こうした民間の保険は自分の意思で加入するものであるため、公的年金のような強制加入の社会保険がなければ保険にまったく加入していない人が存在することになってしまいます。

「保険に入っていなくても、万が一のときには生活保護が守ってくれる」と思うかもしれません。

しかしながら、生活保護は救貧制度なので、財産がほとんどなくなって、本当に困ってからでないと申請することができません。

一方、公的年金は、収入による制限はありますが財産の要件はありません。住み慣れた家や金融資産などは持ったまま保険給付を受けることができます。

防貧制度としての保険だからこそ、万が一のことがあっても日常生活を維持することができるのです。

そして、日本において社会保険は強制加入ですから、万が一のことが起こったとしても、自分も周囲の人も一定の保障を受けられることが約束されている状態です。

空気のような存在になっていますが、改めて考えてみると、社会における安心の土台として重要な役割を果たしていることに気づきます。

たとえば、大切な友人の家庭、それも子供が生まれたばかりのときに父親が事故で亡くなってしまったと想像してください。

家族を失った友人は、精神的にもつらいうえに経済的にもとても苦しくなってしまいます。そして友人としてあなたは、自分だけ普通に生活していくのは申し訳ないと感じてしまうでしょう。

日本ではこのようなことが起こったとしても、遺族年金があることにより生活を立て直していくことができます。

そして、周囲にいる人たちもそのことを知っているので安心して見守ることができます。

このようなしくみは、大切な家族を亡くした本人の生活面だけでなく、その状況を知った周囲との人間関係も支えてくれているわけです。

そして、医療・介護を含めた社会保険が機能しているからこその「無意識の安心や信頼」は、治安の良さなど、日本が世界のなかでも優れているといわれる社会環境をつくることにもつながってきたのではないでしょうか。

全員が国の保険によって保障されているという環境そのものに代えがたい価値があるのです。

「親にできるだけ働いて欲しい」と思うのは親不孝ではない

さて、ここまで年金制度が果たしている私的扶養の社会化と保険機能について見てきました。

現実問題として世代間において給付と負担という金銭面での格差はあるものの、その分、私的扶養という負担が減ってきたことや、公的な保障があることが当たり前という社会環境が整備されたことなど、気づきにくいけれども、いまのほうが恵まれていることはたくさんあります。

ほかにも、テクノロジーの発達で生活が便利になったほか、物質的に豊かになったことなどを、年金を取り巻く環境の変化として少子高齢化と同列に扱うならば、現在の高齢者に比べて若い世代が不利だとはいえません。

さまざまな面で違いがあることについて、どっちが損か得かという比較をしても仕方ないので、それぞれの時代の事実・事象としてとらえ、そのうえでどう対処していけばより良いのかを考えていくほうが前向きな解決につながっていくはずです。

これからますます少子高齢化が進んでいくなかで、今後は給付を調整していくことが決まっています。

それは全体として「私的扶養の社会化」で補ってもらえる額が少なくなるということです。つまり、足りなくなる分、自分の親を支える負担割合が増えるという変化が生じることになるでしょう。

それではまた、昔に戻って私的扶養で支えていく社会になってしまうのでしょうか?それは違うと思います。

気持ちの面ではもちろん支えたいものですが、現役世代のお金にも時間にも限度があります。

同時に、高齢者の生活環境も大きく変わっています。健康面、医療技術、就業環境のどれをとっても、自立した生活をするハードルは昔より低くなっています。

ですから、親世代も子供世代もざっくりとしたライフプランを作成して、老後も含めた自分の生活にどの程度のお金がかかるのかをいまから知っておくべきです。

そして、お互いのライフプランを尊重しながら支え合うために、早い段階で話し合いをしておくことが大切だと思います。

「年金で生活できるかもしれないけど、できるだけ働いて欲しい」これは決して、老体に鞭打って働けというような話ではなく、これからの時代は、そうすることによって家族全体の豊かさに大きく寄与することになるという話なのです。

平均寿命はどんどん延びていて、定年後の期間は長くなっています。

高齢期に働くことは、定年後の家計を劇的に改善するだけでなく、健康の維持や生きがいの面でもプラスになります。

また、これから親の年金が減ったとしても、子供が支える期間が短くなれば対応できる可能性も高くなります。

そして、親の背中を見ながら、子供世代も健康的に長く働くライフプランにシフトしていけば、将来年金が減ったとしても、不安なく生きる自信を持つことができます。

年金をもらい始める65歳という年齢は、いまや決してリタイア適齢期というわけではありません。

これからは「できるだけ長く働いてもらうために何ができるか」という視点で親の老後をサポートしていくことが、私たちと、私たちの子供の世代も含めた家族が将来の不安を抱くことなく生きるための最も現実的な対応法だといえるのです。

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佐藤麻衣子(さとう・まいこ)
1981年生まれ。成城大学経済学部経営学科卒業後、上場企業の経営企画室にて主にIR業務を担当。その後、信託銀行へ転職。在職中、リーマンショックを経験したことで知識不足を痛感し、CFP®、1級ファイナンシャル・プランニング技能士を取得。信託銀行を退職したのち、税理士事務所、社会保険労務士法人等に勤務をしながら、社会保険労務士試験に合格。ウェルス労務管理事務所を開業。

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