(写真=筆者撮影)

だいたひかるさん「乳がんになって、仕事のモチベーション上がった」

8月1日ライフネット生命イベントリポート・後編

がんを治療しながら働く人のニーズに合わせた「ライフネットのがん保険 ダブルエール」が8月1日に発売されました。新商品発表会とともに、乳がん治療と仕事を両立している、だいたひかるさんがトークショーを行いました。

だいたひかるさんと、「ライフネット生命」岩瀬大輔代表取締役社長によるトークショー、その後に行われた、マスコミ各社による、だいたさんの囲み取材の内容を編集してお届けします。

8月1日ライフネット生命イベントリポート・前編はこちら

きっかけは不妊治療「検診でも受けておこうかと」

お笑いタレントのだいたひかるさんは1975 年生まれの42歳。2016年1月に乳がんが見つかり、右胸の全摘手術を受けました。リンパ節への転移も見つかり、抗がん剤治療も開始、同年12月にテレビ番組で闘病を公表しました。現在は、治療を継続しながら仕事を続けています。

だいたさんは、2013年に再婚しています。がんが見つかったきっかけは、不妊治療だったそうです。

「(出産適齢期の)年齢的にも焦っていました。ところが不妊治療の最中に出血があり、治療がお休みになってしまったんです。暇になったので、だったら乳がんの検診でも受けておこうかなと。他のがん検診はクリアしていたので、最終巻だけそろっていないマンガみたいな状態が、気持ち悪かったんですよね」(だいたひかるさん。以下、カッコ内は全て、だいたさん)

乳がんにかかった人は身内にはおらず、軽い気持ちの受診だった、と振り返ります。

「早押し」状態で乳がん発覚。「人生をハイジャックされた」

「検診ではまるで早押しボタンみたいでしたね。もう触診の段階で『はい、右、こり』と言われて。あれよあれよという感じに、がん患者になっていきました。まるでテロに遭遇したみたい。人生をハイジャックされてしまった! と思いました」

診断はステージ2Bの乳がん。多くのがん患者が言うように、だいたさんも身体の不調は特にはなく「痛くもかゆくもない」状態でした。

「先生がいろいろ説明してくれるのですが、全く頭に入ってこなくて、お経を聞いているようでした」

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「胸」よりも「いのち」を優先した

「乳がんというのは辛い決断が多いんです。それを冷静に、早く選択していかなければなりません。例えば乳房を温存するか、全摘するか、抗がん剤治療をするか、しないか。全て生命に関わります」

だいたさんは、全摘を選び、9日間の入院・手術を経験します。「悪いところを摘出したのだから、もう終わり」と思ったのもつかのま、リンパ節への転移が発覚します。

「1年前の今ごろは、抗がん剤(治療)でひっくり返っていました」と振り返る、だいたさん。

「入院手術は東京だったのですが、主治医が転勤したので、抗がん剤治療は先生の転勤先である、埼玉の病院に行っていました。電車に乗るのがつらかったですね。かといって、タクシーを止めて『私は病気で』ということは言いたくなかったですしね」

抗がん剤では嘔吐してしまうというイメージがありますが、だいたさんの場合、筋肉の痛みという副作用が出ました。全摘出手術の後には手が上がらなくなっていて、家事で包丁を持つことも難しい状態でした。

「家にいるくせに何もしないという、それだけで精神的な負担になります。だらけている感じがしてしまって、心が痛むんです。人や自転車とぶつかったらどうしよう、髪の毛は脱毛した状態でウィッグ(かつら)をかぶっていましたので、変だと思われないだろうか。そんな理由で、外出がおっくうになったりもしていました」

復帰宣言「バンジージャンプ以外ならできます!」

抗がん剤治療を始めたころは「もう戻ってくることも、仕事することもできないんじゃないかなと思っていた」というだいたさんですが、治療を重ねるうちに、だんだんペースがつかめてきたといいます。

「抗がん剤にしても、どのくらい投与したら自分がどうなるということが分かるようになってきました。抗がん剤の投与にはペースがあるんです。そこで、コツがつかめてきたとき、事務所のマネージャーに連絡して『仕事に復帰できそうです』と言いました。ただし、バンジージャンプ以外ですけどね。理由は、ウィッグが飛ぶとまずいじゃないですか。それはそれで、面白ければいいのですが(笑)」。

現在は、抗がん剤の投薬も終わり、朝1錠だけ薬を飲んでいる状態です。

「薬には更年期障害のホットフラッシュみたいな副作用があるのですが、冬は自分が湯たんぽになったみたいで、あったかいですしね(笑)。ずいぶん汗っかきになってしまいましたが『私、生きているんだな』と。体が辛くない、何でもないことが幸せだなと思います」

働けないと無収入。若い頃の「根拠のない自信」を反省

会社員が、がんの闘病をする場合、有給休暇を消化し、無給になった場合でも、健康保険から「傷病手当金」が受給できるなどの経済的なサポートがあります。会社員ではない、だいたさんは、働けなかった時期の治療費などのお金の問題にどう向き合ったのでしょうか。

「病気と同時進行で、お金は大変心配なことでした。治療にいくらかかるのか、どのくらい続くのかもわからなかったので夜の海に投げ出された気持ちでした。恥ずかしい話、私は自分で保険には入っていなかったので」

しかし、実はお母さんが「産んだ責任だから」と、長年、だいたさんの名前で2つの保険をかけていたことが判明します。

「保険に入っていると聞いて、目の前に浮き輪が飛んできた、と思いました。それがなかったら、気持ちが参ってしまっていたと思います。若い頃は自分が病気にかかるなんて思いもしませんでしたが、考えてみれば日本は長寿国です。なぜ自分だけは一生、病気にならないという根拠のない自信を持っていたのかが、まったくわかりません」

がんの治療には、保険金を活用することができました。

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「がんは、虫歯だと思おう」夫の支え

闘病中のだいたさんの「心の支え」は夫の存在でした。再婚から3年目でがんが見つかり「申し訳ない」という気持ちを抱えながら、小さな決断から大きなことまで一緒に向きあってくれた夫と「家族になった」という気がしていると言います。

「夫は私とは違って、非常にポジティブな人です。『今は人間として深みを増しているときだ』と言ってくれたり、抗がん剤によって毛髪が失われるのは非常に悲しいことですが、私の髪の毛が新しく生えてきたときは『地球の始まりを見ているみたいだね』と。その場その場で、私を笑わせてくれました」

「やっぱり不安に襲われることがあるなかでは、『考えてもしょうがないから、がんを虫歯だと思えばいいよ』と。『虫歯ができたらどうしようって悩んでいるなんてもったいないんじゃないか。できたら治していけばいいよ』って。助けてもらいました。本当に」

がんが発覚したとき、だいたさんが家に帰ると「大丈夫」と書いた紙が、家のあちこちに貼ってありました。「まるで差し押さえを受けた家みたいでしたよ」と、だいたさんは笑いますが、「それを見て、いけるんじゃないかという気持ちをもらいました」。

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がん患者の仕事へのモチベーションは高い

だいたさんにとって、仕事への復帰は「R-1ぐらんぷりで優勝したときぐらい」うれしいものでした。

「あの人は、がんになってしまったから、もう大きい仕事は任せられない」。そんな話を、だいたさんも耳にすることがあるといいます。でもそんなことはない、と、だいたさんは断言します。

「早めに治療をすれば、仕事に復帰できるんです。がんになったからこそ、働く意欲って出てくるんですよ。それに、もし再発などしたときの蓄えも必要になりますから、がんになった人のほうが、仕事をがんばっちゃうかもしれませんよ!」

だいたさん自身は、病気をした後は仕事に対して、謙虚な姿勢を持てることができるようになったと語ります。

「若い頃の仕事を反省しています。体が資本。仕事ができる喜びを感じています。私の仕事は特に、自分が動けないとゼロになってしまいますので」

「皆さん気づいていないと思いますけど、私、昔より声が張っていますよね。今日は結構張り切っている方で、テンション上がっています(笑)」

食生活では「一汁三菜の、旅館の朝食」を目指し、運動では歩数計を身に付けて「わざわざ遠くのスーパーまで歩いて買い物に行く」など、日常生活に気を付けながら、治療と仕事を両立しています。

「もし自分が、がんになってしまったら?」と思うと不安ですが、だいたさんの貴重な体験談からは、がんに対する自分の「備え」を見直す、たくさんのヒントがもらえそうです。(8月1日ライフネット生命イベントリポート、おわり)

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