2015年5月、スリランカ・コロンボ(写真=筆者撮影)

都会の女性がスリランカという国に夢中になる理由

在住4年の著者が語る、紅茶、カレー、メディテーション

夏休み、コロンボから成田へ向かうスリランカ航空には、旅を終えた観光客がたくさん乗っていました。30代くらいの日本人女性の姿もあります。

スリランカ在住4年の筆者にとっては、もう当たり前になってしまったスリランカの風景が、彼女たちの目にはどんなふうに映ったのでしょう。

そういえば、外資系のコンサルでバリキャリ路線をひた走る筆者の友人は、筆者を訪ねてスリランカにやってきたとき、スリランカのカレーにはまっていましたっけ。

スリランカには、都会の女性を惹きつける何かがあるみたい。その魅力をひもといてみたいと思います。

スリランカがセイロンと呼ばれていたころ

一定以上の年齢の方にとっては、スリランカと呼ぶよりセイロンと呼んだ方がピンとくるようです。1972年に国名が変更される前に青春時代を送っていた人々のことですね。

それよりもずっと昔、歌人・斎藤茂吉は、1921年(大正10年)、ヨーロッパに留学する航路でセイロンに立ち寄り、こんな歌を残しています。

「椰子の葉をかざしつつ来る男子らの黄なるころもは皆仏子(ぶっし)にて」

1924年(大正13年)、斎藤茂吉がヨーロッパで医学博士の学位をとって日本に帰国する航路、2度目にセイロンに立ち寄ったときには、こんな歌も。

「汗にあえつつわれは思へりいとけなき瞿曇(くどん)も辛(から)き飯食ひにけむ  
日のひかり強くかがよふ錫蘭(セイロン)のあかき道のべに牛立ちにけり」

筆者なりにこの2つの歌を解釈してみると、こんなふうになります。

「ココナッツの葉を頭にかざしながら歩いてくる男の子たちは、みんな黄色いころもを着ている。仏の弟子なのだ」

「『幼いころのおしゃかさま(瞿曇は釈迦の出家前の呼び名なので)も、こんなに辛いご飯を食べたのかなぁ』と、汗をかきかき、私は思いました。太陽の光が強く輝くセイロンの、赤い土の道に、牛が立っています」

約100年も昔のセイロンの様子が詠われているのですが、投資や開発が進むコロンボの一部分は別として、本質的な「スリランカらしさ」は、今もちっとも変わっていないかも。

セイロンティー

インド洋に浮かぶ遠い異国の地にやってきた当初、心細い思いをしていた筆者の心を癒してくれたのは、セイロンティーにほかなりません。

いや、セイロンティーを淹れてくれる「人」に癒されていたのかな。滞在中のホテルの朝食ビュッフェでは、毎朝大量のセイロンティーが淹れられていました。

席に着くと、黒い制服の上に、真っ白なエプロンをつけた肌の色の黒いウェイターさんが、ティーカップに紅茶を注いでくれます。

細かい茶葉で淹れた濃い紅茶に、ニュージーランドなどから輸入したミルクパウダーをお湯で溶いたミルクを入れるのが最もスリランカ的。

毎朝、何杯も紅茶をお代わりする筆者のティーカップに、根気よく何度も紅茶を注ぎに来てくれたウェイターさん。ときにはティーポットごと紅茶を用意してもらったのに、全部飲み干してしまって、2度目のティーポットを要求する筆者の為に、また新しい紅茶を淹れてくれる。

ここは本当に紅茶の国で、紅茶を愛する人を愛する国なのではないかと思います。

セイロンティー 2016年9月、スリランカにて。セイロンティー(写真=筆者撮影)

スリランカのカレー

スリランカの人々が、毎日3食カレーを食べているという事実は、日本では意外と知られていないことなのかもしれません。

もちろんスリランカでも、近年は、アメリカ資本のファストフードが進出し、日本食ブームさえ起きています。そして、スリランカのマクドナルドでは、マック・ライスが、日本食レストランでは、唐辛子入りのスパイシー・ツナ・ロールが人気です。

朝食などに、食パンのような形をしたカデ・パンを買って食べる人も多いですが、パンの付け合わせは、やっぱりスリランカ・カレーです。

どうしてそんなにカレーばかり食べているのか、スリランカ・カレーがどんな味なのか知りたい場合は、スリランカを目指すしかないですね。

スリランカのカレー 2016年7月、スリランカのカレー(写真=筆者撮影)

斎藤茂吉も、コロンボの港に上陸し、汗を流しながら辛いスリランカ・カレーを食べた経験が、きっと忘れられなかったのです。

スリランカでカレーを食べれば、遠い昔、はるばるインド洋を渡ってヨーロッパを目指した先人たちのロマンを感じることができるはず。大げさではなく。

メディテーション

斎藤茂吉は黄色と書いていますが、スリランカのお坊さんは、どちらかといえばオレンジ色の布を巻いているという印象です。

オレンジ色の布をまとい、裸足でひたひたと赤い土の上を歩く小坊主や老僧侶を目にしたら、きっとあなたもスリランカの素朴さを理解できると思います。

僧侶に限らず、スリランカの人々は、会社へ出勤する前にわざわざお寺や教会やモスクに寄ったり、道ばたのおしゃかさまやガネーシャの像にお花やお水を供えたり。休みの日にはメディテーションをして過ごすこともあるようです。

アーユルヴェーダやヨガの一部でもあるメディテーションですが、スリランカでは生活の一部になっているのです。

忙しい人ほどスリランカにはまる理由

この国では、1日のどこかで、短くても静かな時間を過ごすのが合っている、という気がします。

普段、通勤途中にニュースをチェックしたり、メールを見ながら食事をしたり、LINEしながら帰り道を急いだり、ドラマを見ながらオンライン・ショッピングをしたり。そんなマルチタスクをそつなくこなす人にこそ、素朴に生きるスリランカの人々の静かな生活が心に響くのかもしれません。

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