カウンターに立つ「ボス」

夜はスナックのママ。「ボス」がダブルワークする理由

ダブルワーカー女性の仕事観・人生観・恋愛観 <前編>

「私と話すと元気になるでしょ?」

そう言いながら、カウンターの向こう側であっけらかんと笑うのは、昼は大手保険会社の管理職、夜はスナックのママとしてダブルワークをしている女性。店内のお客さんやスタッフさんから親しみを込めて「ボス」と呼ばれています。

気さくな人柄で、訪れた者のどんな悩みにも小気味よく答えてくれる……そんな個性溢れるキャラクターに惹かれてか、「ボス」が東京・五反田で経営するスナック『BOSS』には今日も客足が絶えません。

なぜ、ダブルワークをしているのか。なぜ、スナックのママなのか。そして、常連さんたちが足しげく通う理由は? その答えを知るために、「ボス」の仕事観や人生観、そして恋愛観についてお話を伺いました。

ダブルワークをはじめたワケ

――大手保険会社の管理職と五反田のスナックのママ。一見、接点のないお仕事のように思われますが、どうしてダブルワークをするようになったのですか?

最初は一般企業でお勤めをしていたんだけど、途中でいろいろあってスナックでバイトをするようになったんです。そのうち水商売が性に合うようになって、思い切って会社を辞めました。30歳前には水商売だけをやっていたかな。

でも、水商売をしている中で思うところが出てきて、また一般企業でお勤めをはじめました。

このとき勤めた保険会社で順調にキャリアアップをして、いろいろありましたが、働きながらスナックの経営を始めました。今は保険会社の管理職をしながら、『BOSS』を経営しています。結構、波乱万丈な人生だよね(笑)。

――キャリアのスタートは一般企業だったんですね。

高校を卒業して、一度はそのまま就職。本当は大学に行こうか迷ったけど、親が借金の保証人になっちゃって。貧乏になったの。

――「貧乏」というと……?

父親は借金のせいで会社をクビになって、日雇いの宅配屋さんになりました。母親は昼の仕事と夜の仕事の掛け持ちです。それを見て育ったものだから、お金がないと大変だ、稼ごう、と思っていたんです。

自分以外、全員男性の職場でしごかれた

――しかし、高校を卒業したばかりの女性が、いきなり「稼ぐ」というのは難しいように思うのですが……。

18歳のときに始めた仕事は、いわゆる事務職。でも、単調な作業が性に合わず、4カ月で辞めちゃって。そのあとすぐに、求人広告の代理店に、営業職として入りました。当時はまだインターネットの求人がなく、雑誌全盛期。そこに掲載する広告契約を取ってくるのが私の仕事でした。

BOSSママ④ スナック『BOSS』のカウンター

それが、フルコミッション(完全歩合制)の仕事だったので、1日1本契約とったら帰っていい、みたいな環境だったのよ。大きい契約を1本とれたら、1カ月分働かなくていいくらい(笑)。

――当時、女性がそのような仕事をすることに、苦労はありませんでしたか?

その職場は私以外、全員男性でした。今のようにパワハラなんてうるさくない時代だからさ、ちょっとでもテレアポをサボっていると、灰皿が飛んで来ることもあったかなぁ。

でも、そんな環境でしごかれてきたから、逆にどんな営業でも怖いものなし。大口の契約をとるために、ノーパン喫茶(※)に飛び込んだこともあったんだから!(笑)

※従業員が下着を履かない喫茶店

――ノーパン喫茶! そのようなものが昔あったという話しか存じ上げません……。

そりゃあそうよね(笑)。ちょうどその頃、あるスナックのママに声を掛けられたんです。

「やるしかない!」とスナックでバイト。会社を辞めることに

――スナックには、プライベートで?

いえ、そのスナックが得意先でした。求人雑誌にホステス募集を載せてくれていたスナックのママさんだったの。

BOSSママ⑤ カウンターを見つめる「ボス」

私が求人雑誌の原稿を持って行ったら、突然「うちで働かない?」と言われて。水商売の経験はないし、そもそもお酒が苦手だから一度はお断わりしたけど、「立っているだけでいいから」って。

正直、せっかく求人広告を載せたのにホステスの応募がなければ、そのスナックとの契約が切れちゃう、という心配もありました。「しょうがないなぁ」と思いながら、自分がそこで働くことにしたんです。

――それは、大胆な決断ですね……!

「やるしかない!」と、飛び込んでみた感じかな(笑)。結局、25~26歳くらいは、広告営業をしながら、週1回はスナックでバイトをしていました。

そうしたら、だんだん水商売が性に合うと思うようになって。思い切って会社を辞めました。

独立か、企業勤めかで悩んだことも

――その後、どういう経緯で保険会社に?

その時期に、自分でお店を開こうか、前みたいに一般企業に勤め直そうかで、真剣に悩んでいたの。そうしたら、見かねたお客さんが「どうしたの」と声を掛けてくれて。相談してみたら「じゃあ、うちに来ないか」って言ってくれたの! それが、今働いている保険会社の偉い方でした。

――ドラマみたいな、素敵なご縁ですね!

ただ、当時は水商売にどっぷり浸かっていたので、朝起きて定時に出社するような仕事はもうできないんじゃないか……と思っていました。だって、スーツすら持っていなかったんだもの!

でも、その方が「君ならできる」「ちゃんとした格好をすれば大丈夫だよ」って。そこまで言ってくれるなら、「1カ月やってみて、ダメなら辞めよう」と、一歩踏み出すことができました。

――そうして始めた保険会社の仕事が現在も続いている、と。どれくらいの期間になりますか?

20年くらい、ということにしておいて(笑)。

――承知しました(笑)。ここまで続けられた秘訣を教えてください。

保険営業は水商売と似ていて、私に合う仕事だったんだと思う。どちらも、「とりあえず商品を売る仕事」ではなくて、「気長に自分を売っていく仕事」のような気がして。

「気長に自分を売っていく」とは?

――「気長に自分を売っていく」とは……?

私は部下に、「点で終わる仕事をしてはいけない」とよく言うんです。水商売では、その日の売上金額に満足してサービスを怠ると、お客様が二度とお店に来てくれないことなんてザラにある。保険も同じで、一人から契約を取ることで終わらせず、そのお客様から枝葉のように広がって次の一人に契約してもらえれば、さらに利益が上がりますよね。

ただ商品を売りつけるのではなく、お客様と話をする中で積極的に自分を知ってもらうように働きかける。そうすると、お客様が「また会いたい」と思ってくれて、次の仕事につながっていきますから。

――勉強になります。ちなみに、「ボス」は保険会社に入った当初から、スナック経営を目標にしていたのですか?

「いつかできたらいいな」という気持ちはあったけど……、特に目標にはしていなかったかな。

というのも、保険会社に入ってからは順調にキャリアアップをして、45歳の時には300人の女性の中から抜擢されて、とある営業所の所長になったんです。他の所長はほとんどが男性という環境で、8年ほど働いていました。

でも数年前、所長からまた元の管理職に戻ってしまったんです。

――それは……理不尽だとは思いませんでしたか?

私も「これからどうしよう」と悩んだわよ。いっそ仕事を辞めて、今まで稼いだお金で細々と暮らしていこうかな、とか。

――でももう一度、継続して働くことを選んだんですよね。どうしてですか?

保険営業をしていると、仕事柄いろんな方の人生をよく見るじゃない? 実際に、担当していたお客様が亡くなった経験も何回かあります。死というものを目の当たりにして、後悔しない生き方をしたいと思うようになったから、かな。

やっぱり、立ち止まるのは性に合わないのよ(笑)。保険営業の仕事を続けながら、ずっとやりたかったスナックの経営を先延ばしにせず始めよう、と決めました。

モチベーションの源は「人を喜ばせること」

――「ボス」の仕事に対するモチベーションは、どこから湧き出ているのでしょうか?

「人を喜ばせること」だと思います。やっぱり、喜んでもらえると、うれしいですから。でも、若い頃は「世の中お金だ」と思ってた(笑)。仕事を始めた理由も「お金を稼ぎたい」だし。

歩合制の営業をやっていると、大きな契約が取れれば、一気に何十万も稼げてしまうの。たくさん契約を取れば、たくさんお金をもらうのが当たり前。その分、当時はお金の使い方も、性格も荒かったのよ。

後輩のことも「なんでこんな簡単な仕事もできないの?」という目で見てたものだから、そんなトップダウンの方針がキツくて、人が離れていくこともありました。

――今の「ボス」からは、あまり想像がつかないです。いつ心境の変化が……?

35歳で管理職になったときに、変わる努力をしました。

35歳ではじめた変わる努力とは?

「ボス」が、35歳からはじめた「変わる努力」とは? 後編「恋をしないと仕事は長く続かない。「ボス」の成功哲学」に続きます。

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